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憲法

憲法改正大いに結構! だが。

憲法は、改正するのが当たり前、という意見を時々聞く。ぼくもそう思う。一度制定されたからと言って、後生大事に、ずっと守り続けなければならない、という法はない。時代とともに、人権や、国家運営に関する思想は変わる。だから、同性婚とか、環境権とか、新しい考えはどんどん憲法に入れたらいい。

ところが、なぜ、戦後の日本で、心ある人達が「護憲」ということを言い続けてきたかというと、簡単に言えば、憲法を改正したい、と言っている方々の思想が、しっちゃかめっちゃかだから。時代とともに進んでいく普遍的価値というよりは、ネジがはずれた、妙な思想を改憲に入れようとしている。

たとえば、憲法を改正しようという方々が、「美しい」という形容詞をその運動に冠するというのは、憲法学のイロハを知る人にとっては、当惑するしかない話だろう。また、基本的人権に関して、「公の秩序」という、よくわからない限定を課そうという考え方も、意味不明というか、幼稚園レベルである。

以上の憲法に関する幼稚な改憲思想が、政権与党からも出てくるという、特殊な状況のために、「護憲」ということが、蛇やゲジゲジが飛び出してしまうからと石で懸命におさえているという、特殊な状況に戦後の日本はあったわけで、より新しい普遍的な思想を入れるための改憲ならば、もちろん望ましい。

なぜ、改憲に関して「トンデモ」な思想が政権与党からも出てくるのかと言えば、つまりは「ルサンチマン」からであって、終戦後、GHQによって憲法が押し付けられた、という恨みの感情から改憲を主張する人々が一定の感情的圧力を持っているから。そのようなルサンチマン自体は、人間としてわかる。

しかし、こと政治に関する限り、ルサンチマンに基づく思想、行動は、ろくな結果をもたらさないということは、長い歴史を見れば明らかなことであって、その程度の素養すら持たぬ人たちの改憲主張は、当然信頼するに値しないということも、また自明なことであろう。

改憲は大いに結構なことで、同性婚や環境権を取り入れるべきだと思うが、憲法改正に「美しい」という形容詞を冠したり、ルサンチマンにかられて時代の流れに反する「秩序」のような全体主義的思想(そのような稚拙な思想は、日本を二流国に落とすだろう)に基づく改憲圧力は、封印するのが国益である。
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[ 2015年05月07日 00:24 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
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