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天気予報とは

$あんなこと そんなこと どうでもいいこと...




天気予報はあまり当たらないなと感じられている方も多いと思います。天気予報が当たるとか外れるとか、私たちは言いますが、それはそもそもどのような意味なのかを考えてみたいと思います。

NASA's Terra Satellite Saw Tropical Storm Zelia Fizzling Enroute to New Zealand - 無料写真検索fotoq
photo by NASA Goddard Photo and Video


 日本の天気予報は、一度、大きく変わったことがあります。最初のころの天気予報は確率的な予報ではありませんでした。晴れなら晴れと断定されていました。このように断定されていれば、その予報に対して、当たったとか外れたという言い方が可能になります。

 ところが、確率的な予報が導入されて以後、本質的に当たりとか外れという言い方が不可能になってしまいました。なぜなら、晴れと言っても、降水確率10%と付け加えるからです。こんなふうに言うのなら、雨が降っても、私たちは天気予報に対して、晴れと言ったじゃないかと文句を言うことができません。どんなに外れたと言っても、天気予報は降水確率10%と言っている限り、晴れでも雨でも当たりになってしまうからです。

 降水確率が導入された頃、このような天気予報のあり方に、私はなんてずるい天気予報だろうと思ったものでした。みなさんは、降水確率について、どのように感じられているのでしょうか。私がずるいと思ったことは本当に正しいのでしょうか。確率を言わなかったころなら、当たり、外れという言い方は可能だったでしょう。

 しかし、降水確率を導入している天気予報に対して、このような言い方が可能でなくなってしまったのは何故でしょうか。ここには、根本的に天気を予報することの困難さがあるのだと思います。複雑系という言葉がありますが、天気など、その典型のようなものです。ある地域の、かつ、ある時間帯での天気なんて、そう簡単に予報できるものではありません。 それでも、なお、当たりはずれでない地点で予報しようとすれば、結局、確率としての傾向を示す以上のことはできなくなってしまいます。

 この意味で、私たちが現在、見聞きしている天気予報とは、当たり外れというような言い方とは根本的に違う、”傾向”において表現されているものなのです。したがって、その傾向性において、真に示されねばならないのは、ある時点での天気、あるいはある日の天気ではなく、今後の天気の推移傾向です。この意味において、必然的に時間的な流れを見る必要性がでてきます。

 たとえば、台風が接近してきたとき、現時点での天気がどうであるかということ以上に、最大の関心を払わねばならないのが、今後、台風がどのような経路をたどるかの傾向を把握することです。それによって、台風が通過するであろう地域に防災対策を促し、被害を最小限にくい止めることです。

 傾向によって、天気の予報をしようとする以上、このような実質的な意義がないなら意味はありません。傾向を把握する予報へと転換することで、もっとも大事なことは、現時点の天気を予報することではありません。あくまで現在から今後にかけて、天気がどのような推移傾向を示すのかを明らかにすることです。

 現在、気象予報士という人たちが天気予報をされていますが、このような人たちは、このことを本当に分かっているのかなという疑問は残ります。ほとんどの天気予報が今日と明日の天気しか予報しません。そして天気予報のテレビ番組名がたいてい、
「今日のお天気」
となっていることから、つい、現時点の気象を当てればいいのだと思い込んでしまっているようです。

Human Conspiracy to destroy the Polar Ice Caps ... Drought widens over past week, unlikely to yield through October (July 19, 2012) ...item 2.. Morse Reservoir in Noblesville, Indiana (2 August 2012) ... - 無料写真検索fotoq
photo by marsmet491


 もっと、天気とは何かを真剣に考えてみれば、今までの天気予報とは、まるで違った番組をつくることも不可能ではないかも知れません。たとえば、気象予報士の人たちでも、今後の天気の動向について、全員が同じ意見を持っているということはあり得ないはずです。ところが、どの番組を見ても、同じような予報をたてます。本当にそうでしょうか。

 たとえば、毎月の天気の傾向について、専門家同士での討論番組は作れないでしょうか。天気というのは、地球全体の気圧や気温の動向など本当に複雑でダイナミックな動きによって、決まってきます。こうしたことを、ただ、低気圧が関東付近に張り出してくるので雨ですなどと言っていていいものでしょうか。低気圧が関東付近に張り出してくるのは、低気圧に意志があって、そうしているのではありません。地球全体の大きな関連の中で、必然的に移動してくるものです。このような低気圧の移動ひとつとっても、その奥には膨大な要因が隠されているはずです。

 こうしたことを、もっとドラマチックに表現出来ないのでしょうか。私には、現在の天気予報は、まるで将棋の駒の動きだけを見て言っているようにしか見えません。そうではなく、なぜ、低気圧がこのように動くのか、地球全体を視野にいれて、その深い意味を見いだして表現すれば、それはきっと地球の壮大な動きを、じかに知ることになるのではないかと思うのです。

天気予報には、まだ膨大な可能性が眠っていると思われます。


※以上は横井直高の真の哲学体系を求めて Ver.2 より転載させて頂きました。

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[ 2013年10月18日 07:50 ] カテゴリ:ブログ | TB(0) | CM(0)
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